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宝塚月組「ブエノスアイレスの風」DC [観劇感想(宝塚)]

宝塚月組「ブエノスアイレスの風」DC
2022年5月19日(木)16時 e+貸切 14列

今頃ですが・・の第2段。5月下旬から6月は超繁忙期なので、メモのまま放置してました。
やっと時間ができたのでアップできます。


大変懐かしい演目。初演の月組、ドラマシティに通いました。
当時はビセンテばっかり見ていたので、今回初めてちゃんと話を理解したかも?
私の知っている話とちょっと違う印象があったのは、そのせいだと思う(多分)。

ともかく、懐かしいながらも別物として鑑賞した。
暁さんの歌が素晴らしく素敵。声がいいね。「ああ」「うん」の正塚芝居も似合うじゃないですか!
風間さんベテランかと思うほど芝居が上手い。そして彩海さん、既視感があるけど上手い。この二人がとびぬけて上手い。ヒロイン3人もそれぞれ似合っていて、イイ感じ。
月組らしい雰囲気のお芝居を堪能した。

202205月ブエノスアイレス.jpg

『ブエノスアイレスの風』
-光と影の狭間を吹き抜けてゆく…-
作・演出/正塚 晴彦


正塚作品自体も久しぶりに見たような気がする。こういう「日常」を抉り出し登場人物それぞれの心理を読むお芝居だったな。主要人物は一本書けるほど心理が明確に読み取れるくらい、深く作り込まれている (反面、登場人物が少ないのが難点ともいえるが、別箱では問題ない)。行間にたっぷり込められた人生を、演じる役者がそれを台詞以外で伝えるのが醍醐味。そして受け取った彼らの人生を脳内で様々に展開して感動するのが観客の楽しみ。それがシリアスな正塚芝居。久しぶりに味わった。

正塚芝居は主人公が巻き込まれ型が多い。今回もニコラスを中心に3つの流れがあった。巻き込んだのは3人。
1人目は、リカルド。軍事政権下で戦ったゲリラ仲間の再興を願いニコラスを過ぎ去った昔の夢に誘う。
2人目は、エバ。軍事政権が無ければ得られたはずのニコラスが夢見た輝かしい未来の残滓。
3人目は、イサベラ。民主制となり特赦で釈放された元ゲリラの男が直面する現実。

これに付随する人々が人間関係を複雑にしていく。華やかな過去の再現という不可能を夢見るリカルドには家族愛を熱望する妹リリアナがいる。失った輝かしい未来の象徴エバには、思い出したくない過去の象徴・元秘密警察のビセンテがそばにいる。政治形態に関係なく圧迫され続ける民衆代表のようなイサベラには、同じく体制など関係ない反社会的なマルセーロが現実を見せてくれる。
リカルドとリリアナを切り捨てられず、忘れようとしたエバにはビセンテが絡んできて過去を呼び戻し、必死で現状を抜け出そうとするイサベラに自分を重ねていたら足を引っ張るマルセーロがリカルドたちと合流してビセンテが網をはり・・って3つの流れはニコラスに合流して一つのごちゃごちゃになっていき、結局ニコラスは、どうしようもない現実を、それでも未来に向かって生きていかなければならない、のだわ。
この作品、「やりきれない現実」を「それでも生きていく」という、大変重いテーマではないかと思った。


ニコラス・デ・ロサス 暁 千星
アルゼンチンの軍事政権下では大学生。法律を学び弁護士になろうとしていた。多分、そこそこ良い家の出身(大学いってるしダンスできるし)。それがゲリラ活動に身を投じ、派手に活動をして逮捕されていた。逮捕されて戦い続けられなかったからこそ生き残ったともいえる。政権が変わり恩赦で、ブエノスアイレスの街に戻ってきた。話はそこからスタートする。何も持たないムショ帰りの男が出来ることなんて限られている(家族も亡くしたか?)。飛び込んだダンスホールで、バーテンに雇ってもらい、ダンサーにスカウトされる。同じく雇われダンサーのイサベラと組んで踊っていたところを、タンゴ劇団へのオーディションを勧められ・・と、ここまでイサベラに巻き込まれて、それなりに新しい人生が開けようとしていた感じ(本人は納得してない)。が、そこへ輝いていた過去が忘れられないリカルドが、誘いに来る。ニコラスはリカルドと違って主義思想のために戦っていたから、もう戦う理由がない。リリアナとマルセーロがリカルドに加勢して、ニコラスを巻き込んで炎上したような流れ。それに油を注いだのが、ビセンテ。ニコラスにとって華やかな過去とは、リカルドたちと戦った時代ではなく、軍事政権前の明るい未来があったころ。つまりエバといたころだから、ちょっと気になって様子を確かめに行ったところで嫉妬の塊ビセンテに絡まれてしまったのだな。結果的には絡まれてよかったけど。
ニコラスは本当に、ずっと巻き込まれている。有能だから、巻き込まれて対処して生き残ってしまうのだ。彼の視点だからそうなっているけど、この作品はリカルド視点でも、ビセンテ視点でも、成立するような気がする。(マルセーロ視点はちょっと弱い)
この多重構造が、深くて好きだった。
暁さんは、お芝居のセリフ回しがとっても彩風咲奈さんに似ている。組が違うのになぜか似ていると感じることが多い。ダンスはとっても上手いけれど、月組の中では芝居が浅い目だなあと正直思っていた。背景が見えないのよね~。でも今回とっても深い芝居をして、変わったと思った。これから星組で芝居をするなら合うんじゃないかな。やっぱり暁さんは明るい芝居が見たいもの。今回は巻き込まれ型で周囲が芝居達者だったけど、ちゃんと正塚作品の主人公として真ん中に立っていた。これからに期待だ。歌は声がいいからか、すごく上手いと思う。好きなタイプだ。

リカルド 風間 柚乃
政権がどうであれ下層の人間にとっては同じ「上の奴ら」。その上の奴らをぶっ飛ばさないと浮き上がれない。それは永遠のテーマなのかもしれない。「上の奴ら」が同じときはリカルドとニコラスは同志だった。でも今は違う。今回再開して初めて、二人はお互いが戦っていた目的が違っていたことを知ったのかもしれない。
現在のリカルドは、ただの反政府主義者で犯罪者寸前。政権が変わっても彼の生活は変わらなかったようだ。妹を引き取れて、それだけは良くなったのかも? 
唯一生き残った仲間のニコラスを、彼は切り捨てていた。誘ったけど、拒絶されて忘れようとした。もう目的を同じくする仲間じゃないのが分かったから。そして仲間になったのは、ただの半グレチンピラのマルセーロ。思想も情熱も何もない。本心では嫌って馬鹿にしていたんじゃないかな。扱いが「仲間」じゃなくて「コマ」だもの。二人の背負うものや覚悟が違うから、迫力が違う。風間さんも彩海さんも上手いから、その違いが凄く見えた。
結局は、その半グレの思想も情熱もないガキによって命を落とす。すっごく不本意だったと思う。リリアナのことも中途半端だし、こんなところで死ぬのか、あの歴戦のゲリラ戦士である俺が!?って信じられなかったと思う。リカルドは常に死を覚悟していたと思うけど、こんなパターンは全く想定してない死だ。だから駆けつけてくれたニコラスに、身もふたもなく泣きついて本音を吐いて大事な妹を託した。もう仲間じゃなくても、頼みを引き受けてくれる男だと知っていたから。覚悟の死ならちゃんと準備していたと思う、リカルドなら。
不本意な人生だったね。ニコラスもそれがわかるから、すべて引き受けた。思想も情熱も人生も全然違う二人だったけど、「仲間」だったのは確かだった。
風間さん、すごい上手い。初演の樹里さんも芝居巧者で評判だったのに、まったく見劣りしない。さすがです。


リリアナ 花妃 舞音
リカルドの妹で、兄に引き取られるまでは孤児院にいたようだ。革命の激動の中で、たった一人の兄に出会え、兄の仲間たちが家族となった。リリアナにとっても、革命はとても好ましいものだったんでしょうね。辛い思い出しかない革命前時代、兄や仲間という家族がいて楽しかった革命時代、そして今。今は兄しかいないけど、それでもよかったと思う。兄が求めるからニコラスを誘ったけど、兄がそう思ってなければ彼女も気にしなかったような気がする。ニコラスのことが好きみたいだけど、それは家族として、リカルドがニコラスのことが大好きだから、リリアナも好きだったような感じ。とにかく兄一筋。最後まで命を懸けて全身全霊で兄を慕いました。このあとは、リリアナが自立した大人になるまで、それを知っているリカルドが兄代わりになると思う。
リリアナはまだまだ子供なんですね。精神的には本当に親(兄だけど)を慕う幼い子供。盲目的に兄を信じ、兄の言うとおりに生きてそれが楽しい嬉しい。兄の死は、自閉するくらいの衝撃だと思う。だからリカルドは当分リリアナにつきっきりで、家族となり、リリアナが大人になるまで付き添うと思う。二人は結ばれるのではなく、リリアナを愛しリリアナが異性として愛せる男がでてきたら、やっとニコラスの役目が終わる、そんな関係に見えた。
花妃さん可愛い。すごく可愛い。幼さと危うさがよく出ていた。これぞリリアナ!


エバ 羽音 みか
軍事政権になる前は、大学でビセンテと同級生で恋人だった。(比較的)良いおうちのお嬢さんで、今は小学校の教師。堅い。どんな政権下でも、どちらにも付かず身を潜めて嵐が過ぎるのを待っている賢明な中産階級のお家かもしれない。だから政権を転覆させようとゲリラ活動に身を投じたニコラスとは別れることになった。多分、嫌いになってはっきりと別れたのではなく、過激な行動についていけないエバと、荒事に巻き込みたくないニコラスが、なんとなく疎遠になり自然消滅して数年・・という雰囲気。だからニコラスは出所してすぐにエバの安否を確かめに行った。もし自分のために何か巻き込まれて居たら?と思ったのかな。本当に愛していたんだね。エバは、ニコラスのことはすでに過去となり、彼が刑務所で過ごした数年の間も先に進んでいた。だから就職し、新しい恋人ビセンテがいて、結婚の話をしている。賢明で確実で幸せな人生を掴んでいる。それを確かめたニコラスは、自分が「過去の人」だと分かっているし、エバもわかっているから、すぐに無関係になるはずだった。そこにビセンテという嫉妬深い婚約者が現れ、ニコラスに絡んでいく。エバがもっと「ビセンテだけしか目に入らない!」という熱愛タイプなら違ったと思うけど、エバって淡々としているものね。熱に浮かされないというか、薄いというか、常に冷静。だから意外と情熱的なビセンテが暴走するのだ。
初演イメージで、ニコラスやビセンテに比べて大人の女性というイメージがありましたが、今回は若い女性だったけど、中身は大変冷めている堅実な女性に見えました。ビセンテのこともちょっと「うっとおしいなあ」とか思ってない?って聞いてみたい。


ビセンテ 礼華 はる
独裁政権下では秘密警察、今は普通の警察官。どうあっても体制側の人。彼にもあまり思想とか無さそう。どんな政権でも「秩序」は必要だから、彼は時の政権の「秩序」を守るという信念をお持ちなのかもしれない。
ニコラスやリカルドが暗い色の服を着ている中、彼だけは明るいスーツを着ている。陽の当たる場所にいる人なんだ・・って象徴でしょうか。長身と髭は初演と同じですね。
もう初演のときは彼が素敵で彼メインで見ていたので、今回フラットで見ると、印象が違った。あんなに目立っていたのに、出番少ないし・・・。エバがニコラスと元鞘に戻る可能性どころか、近づくだけで許せん!とばかりにかなり嫉妬深く粘着質。そのあたり、思い込みの激しさにエバも嫌そうにしている雰囲気が漂ったりして。え、もしかしてビセンテって嫌な奴?
初演はあまりにビセンテがかっこよくて、エバはビセンテしか愛してないしニコラスは過去の男、そんなに気にしなくても・・あ、元ゲリラの再犯を危惧しているのね、職業熱心!素敵、って思ってた。恋は盲目、熱烈な贔屓がいるとテーマすら取り違うのか、って学びました。私も若かったし。
礼華さんも長身で素敵でしたよ~でもビセンテは、永遠に成瀬さんが一番なのだ。


イサベラ 天紫 珠李
ダンスホールで客の相手をして踊るダンサー。認知症で大部屋を追い出され金のかかる母、ヒモ男に夢中の姉、そしてそんなところに居候するしかない自分。すべてが嫌で、彼女を取り巻くすべてが悪意を持って彼女を追い詰めている感じがする。イサベラ自身もわかっていて、その閉塞感に爆発しそうになっていて・・それがニコラスとタンゴ劇団の試験を受けて陽の当たる世界へ出られると分かり、一筋の希望が見えた。そのあたり本当に上手い。絶望の中生きている女が、生きる希望を見出した。そして結局それが夢と消えた後も・・彼女の希望の光を消した男をなじることも攻めることもせず、慰めて受け入れてあげる度量を持つ。逆境の中に射した一筋の光を失ったときに、その原因を赦し慰められる、本当に強い女だった。彼女なら、いつか光の中へ出ていける。キラキラした光の中でなくても、暗い街の中にいても、いつか暖かな光の満ちた家庭を作れる、そんな気がする。ニコラスは彼女と結ばれてほしかったですね。彼は夢見ることに餓えているから、たくましく夢を見続ける力を持つイサベラと一緒に、幸せをつかんでほしい。
天紫さん、上手いのは知ってたけど上手い。宝塚のヒロインらしくないヒロインが絶品ですね。正塚先生全盛期なら、引く手あまたであっただろうに。守って助けてあげなきゃならないお姫様ではなく、地に足付けて力強く男を支え一緒に戦っていけるヒロインだ。


マルセーロ 彩海 せら
ダンスホールのフローラの一人息子で、半グレのチンピラ。母親に反抗して車盗んで売ったり、金がなくなると母親にせびりに来るというクズ。嫌がるイサベラにも絡んでましたな。人生の目的も情熱もなく、不満だけを溜めて、母親に八つ当たり。甘えてるんでしょうが、そういう甘えられ方は最低だ。それでも受け止めてあげる母は偉大過ぎる。
マルセーロもイキがってチンピラ道を邁進していますが、本物のゲリラであるリカルドと出会い、自分との格の違いを実感する。でももう後には引けない。マルセーロとは段違いの覚悟と技術。尊敬の目で見ているような気がする。傍で尊敬と愛情をもってリカルドを見つめるリリアナの一途な家族愛も、羨ましそう。この兄妹から学ぶことは多かったようですね。
そして、最後に彼がリカルドを殺してしまう。これは過失だけど、前科が前科なので実刑ですね。そんな彼を母フローラが「待ってるから」と言ってくれる。戻ってきたら、彼もリリアナのように素直になれるかな、と思います。
彩海さんは、雪組の「シティ・ハンター」でも母への愛がこじれた不良少年を大変素晴らしく演じていたので、ちょっと既視感がありますが、それでも素晴らしかった。リカルドとの場面、すごくすごく言葉にならない関係性や気持ちが伝わってきて、さすが!と思いました。月組の戦力大強化ですね。


フローラ 晴音 アキ
そのマルセーロの母。ダンスホールの従業員。彼女の人生も明るいものじゃなさそうだ。いろいろ背負っているものが多くて暗くて、イサベラやマルセーロとの会話から零れ落ちてくる。最初と最後に、フローラが歌う主題歌。もうこれが感動もので、初演の矢代さんのハスキーボイスで歌われると、涙でるくらいいろいろな思いがこもっていた。
晴音さんは、矢代さんよりかなり高音でクリアに歌っていた。これが初演なら何とも思わず、上手いなあ~って思ったでしょう。悲哀とかうらぶれた人生だとか、絶望の中の希望とか、そんなのが感じられないのも、まだ若いし娘役さんだもんね。矢代さんは当時も専科のかなりのお姉さまだったし、元男役だから、声が低めで掠れ声に悲哀があった。あの歌は矢代さんのために作った矢代さんありきの歌だと思う。それをあそこまで響かせたから、晴音さんもいい役者さんだと思う。


ロレンソ 凛城 きら
ダンスホールのオーナー。お金持ちでも権力者ではないけど、出来る範囲だけど協力してくれるいい人。彼の「できる範囲でみんな幸せになろうね」って雰囲気がいい。ふらっと入ってきたニコラスを信じて雇ってあげるし、イサベラと一緒に試験が受けられるよう設定してくれ、さらに試験会場でも遅れているニコラスを罵らない。イサベラやフローラのことを大事な店の大事な従業員として、大事にしている。ここも緩い「仲間」ですよね。
いい雰囲気でした。


登場人物はほぼこのくらい。正塚作品の別箱なので、こんなに出ていればいい方。台詞で伝えない感情、行間を読み取らせる芝居、そういうのが必要なお芝居は久しぶりです。たまに見るといいなあ。ずっとこういう作品だと疲れるけど、たまにならとても嬉しい。
やっぱり名作。歌がいい。たまにはこういうジャンル=観客がいろいろ考える作品もみたいです。*ただし大劇場は除く。バウかDCくらいの大きさと人数でお願いします。



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